私は義理のお母さんと同居しています。
庭のある家で、お母さんは昔からガーデニングが好きな人です。季節ごとに花を植え替え、毎日のように落ち葉を掃き、庭を整える。その姿は、今思えばとても丁寧で、根気のいる暮らしでした。
ただ、若い頃の私は正直なところ、その価値がよく分かっていませんでした。
「また掃除?」「そんなに手をかけないと綺麗を保てないなら、木や植物なんてなくてもいいのでは」
忙しさや余裕のなさもあって、どこか冷めた目で見ていたと思います。
そんな私の考えが変わり始めたのは、40代半ばに差し掛かった頃でした。
仕事や家事、子育てに追われる日々が少し落ち着き、ふとした瞬間に感じる、説明のつかない空白。何かが足りないというほど大きなものではないけれど、心のどこかにぽっかりとした余白が生まれました。
その頃、「部屋に植物を置いてみようかな」と思ったのが最初のきっかけです。
いきなり庭いじりをする勇気はなく、選んだのは育てやすいと聞いたサンスベリアとモンステラ。水やりは少なめでいい、多少放っておいても大丈夫。今思えば、とても“今の自分”に合った選択でした。

特に印象に残っているのは、モンステラの成長です。
新しい葉が、くるりっと丸まった状態で現れ、時間をかけてゆっくりと開いていく。その姿を眺めていると、なぜか気持ちが落ち着きました。急がず、誰に評価されるでもなく、ただ自分のペースで広がっていく。その姿がとても愛おしく感じられたのです。
植物との生活は、思っていたより手間がかかりませんでした。
水やりも毎日必要なわけではなく、むしろ「やりすぎないこと」が大切。気づけば鉢が少しずつ増え、庭に出て土を触る時間も増えていきました。土の匂いや感触が、頭の中のざわつきを静かに落ち着かせてくれるのを感じました。
息子も娘も大きくなり、かつてのように世話をすることはありません。
その分、どこか寂しさを感じる瞬間もありました。植物の成長を毎日気にかけることで、その気持ちが自然と満たされていったように思います。朝、葉の様子を見る。少し元気がなさそうなら置き場所を変える。それだけのことが、日常の一部になりました。

不思議なことに、植物がある空間では、仕事中の集中力も変わりました。


劇的に集中できるようになったわけではありません。ただ、疲れて途切れた集中力が、以前より早く戻るようになったのです。画面から目を離し、緑を見る。ほんの数秒でも、頭の中がリセットされる感覚があります。
昔は「面倒そう」「なくてもいい」と思っていた植物。
今は、私の生活と心を静かに支えてくれる存在です。義理のお母さんが毎日庭を整えていた理由も、少しだけ分かるようになりました。それは“綺麗にするため”だけではなく、心を整える時間だったのかもしれません。
大げさなことはしなくていい。
小さな鉢ひとつからでも、暮らしの中に緑を取り入れてみる。
その小さな変化が、思っている以上に、メンタルや集中力に優しく作用してくれるかもしれません。