先日、App Storeに小さなアプリを2つ、リリースした。
コードは、ほとんど書いていない。
最近よく耳にする「バイブコーディング」——
自然言語でAIに意図を伝え、コード生成はAIに任せる、あのやり方だ。
vibe codingという言葉は、AI研究者のAndrej Karpathy氏が2025年2月に提唱したものだという。コードの存在を忘れ、雰囲気に身を任せて開発する、というような趣旨だったと思う。
私はその意味を、実際に手を動かしてみて、ようやく少しわかった気がする。
AIが画面を描く速さに、立ち止まった
作業を進める中で、忘れられない瞬間があった。
自分がFigmaで組み立てれば、数日はかかりそうな画面の構成——
それを、AIは数分で提示してきた。
しかも、それなりに理にかなった流れで。
コンポーネントの選び方、余白の取り方、遷移の順序。
どれも、私がこれまで学んできた「UI/UXの型」に沿っていた。
驚きはあった。
でも、恐怖ではなかった。
なぜだろう、と考えた。
その「速さ」の下にあるもの
しばらくして、理由が少しずつ見えてきた。
UI/UXデザインには、パターンがある。
コンポーネントがあり、「こうすると使いやすい」という経験の蓄積がある。
それは、隠すべき秘密ではなく、この分野が長い時間をかけて共有してきた知識だ。
そしてAIは、その知識を学んでいる。
——誰の知識を?
私と同じような、デザイナーや開発者たちが、
何十年もかけて積み重ねてきた結果物を、だ。
そう気づいたとき、
少し不思議な感覚が広がった。
私がこれまでやってきた仕事も、確かに、この流れのどこかに含まれている。
名前は残らなくても、
判断のひとつひとつは、誰かの学習の一片になっている。
それは、少し誇らしい気持ちでもあった。
「その先」への問い
けれど同時に。
別の問いも、静かに立ち上がってきた。
——これから、私は何をするのだろう。
AIが数分で画面を描けるなら、
私が数日かけて画面を描いてきたことの意味は、どこにあるのだろう。
デザイナー向けのあるガイド記事に、こんな趣旨の一節があった。2026年のいま、AIでプロトタイプをつくったこと自体には、もう誰も驚かない、と。
たしかに、と思った。
つくれることは、もはや驚きではない。
問いは、その先にある。
まだ、答えはない
不安なのか、と聞かれれば、
少し違う気がする。
むしろ、好奇心に近い。
これまで何十年もかけて積み重ねられてきたものが、
こんなにも速く再現される時代に、
私は次に何ができるのだろう。
何をしたいのだろう。
その問いを抱えたまま、
今日も静かに手を動かしている。
※ 今回リリースした2つのアプリは、こちらから見られます。
RETRYー習慣管理アプリ · 脱!三日坊主
LP / App Store